自分の仕事を終え自室へ向かう途中。ふと外を見てみると、昨日までぱらぱらとしか降っていなかった雨が勢いを強めて、ザーザーと激しく降っていた。それは窓に当たり、大きな音を生み出していた。何かがありそう と、あまり降らないこの激しい雨に、そんなことを感じていた。

ドアノブをゆっくりと開け、自分の部屋に入る。と、そこには私の恋人がいた。一週間前にボスから任務をもらい、武はちょうど出かけていてたから、彼に会うのはなんだか久しぶりな気がした。
任務から帰ってきた彼は、いつも私のところへ一番に来る。本当は、一番にボスのところに報告しなくちゃいけないのに。最初は注意していたけど、彼は結局の部屋に来る。だから、彼が私の部屋にいることは、いつものこと。
でも、今回の彼は、様子がいつもと違っていた。
今、私の目の前にいるのは、元気で笑顔が絶えない彼ではなく、とても脆く、触れたら今にも崩れそう、そんな彼。私が来たことに気付いていないのだろう、彼は椅子に座り、顔はうつむいたままだった。

私はゆっくりドアを閉め、武に歩み寄る。私の足音で、ここの部屋の主が帰ってきたことに気付いたらしい。彼は俯いていた顔をあげ、私を視界に入れた。
その時、私は思わず驚いてしまった。彼が私に見せたのは、初めての泣き顔。目が赤く、うさぎを連想させた。任務の途中、泣くほどの、何かがあったのだろうか。

「武…?どうしたの?」
…」

小さな声が、部屋に消えた。その声も、なんだか弱々しい。彼は私の名前を呼び、私を抱きしめる。
その抱擁はいつもより強く、優しい。
その矛盾に首を傾げつつ、彼の背中に手を回す。

「何か、あったの?」
「…なぁ、。」
「うん?」
「嫌いに、ならないで」
「え?」

耳に届いたのは、やっぱりいつもの山本武では想像もできないこと。そんな弱気な言葉、彼の口から初めて聞いたかもしれない。
――私が、武のこと、嫌いになるわけないのに。
そんなことを思っていると、彼の抱擁はいっそう強くなる。まるで、自分から離れないで、とでも言いたいように。
その抱擁に答えるようには彼を抱きしめる。

「何言ってるの、私が武のこと、嫌いになるわけないじゃない」
「…俺が、人殺しでも?」

その時、武の言葉には気付いた。
今回の彼の任務の内容に、彼の座っていた椅子の向こう。そこには、武の黒いスーツ。しかし、それはいつもより濃く感じる、黒。よく見てみると、それはもともと赤色だったに違いない。彼は、ポツリポツリと話し始める。

「俺の任務、マフィアの抹殺だった」
「獄寺と、一緒でさ」
「二人で行って、きたんだけど」
「俺、たくさん殺した」
「初めてだった。あんなにたくさん一日に殺したの」
「血だまりが、いっぱいできて」
「俺、殺人鬼なんだよなって、すげぇ思って」
「顔に、返り血、付いた途端」
「嫌われるって、思って」

抱きしめあっている状態だったからか、武の小さい震えが直接伝わってきた。
武は、前からずっと人を殺すことをためらっていた。彼がまだ中学生の頃、リング争奪戦や、未来に行った時。武はそのたびにいろんな人と戦ってきたが、決して人を殺すことは無かった。けれど、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
最初に人を殺した時、彼は泣きもせず、ただ茫然と地に立っていた。その時は、自己防衛に近かったけれど、彼にとっては変わらなかった。

「…俺、やっちゃったんだな…」

そう、呟いたのをは今でも鮮明に覚えている。
それから、任務があるたびに、任務で人を殺すたびに、武はの部屋に来ていた。服も着替えず、真っ先に行くのはの部屋。下手な笑顔で、上手に笑っていた。はそのたびに、彼の中にある人を殺すことの抵抗、罪悪感をひしひしと感じていた。
そして、今日。
それらの感情が、ついに溢れかえってしまったのだろう。自分でどうしようもない感情は溢れ、零れた。
途中から、彼の肩の震えが大きくなったのに気付いたは、さりげなく彼の背中をさすった。
外の雨は、また勢いが強くなったのだろうか、窓をたたく音が耳に嫌でも届く。

「なぁ、…」

俺のこと、きらいにならないで

山本の肩は震え続ける。重みのある私の肩は、少し濡れていて。
私は思わず、彼を強く抱きしめた。



おねがい、あいして、
あいしつづけて



(そんなの、最初から決まってるよ)
(私は、山本武を好きなんだから)
(殺人鬼でも、怪物でも、それは貴方)
(わたしはあなたを、あいしつづける)