学校の中庭にある木の傍。そこは人から見えにくい場所で、何も気にせずに中庭を横切る人からは絶対にばれないと自負している、私の休憩場所。木の根元で青々しい芝生の上にごろんと寝転がって目を瞑っていた私に、男声が落ちてきた。

「…こんなところで何をやっているんですか」

気持ちいい日差しと、緑のほんわかとした匂いに眠気を誘われていた私は、その声にゆっくりと沈みかけていた意識を浮上させる。聞きなれたその声は誰のものかは確かめなくてもわかるけど。重い瞼をじわじわと押し上げてみると、だんだんと見えてくる人影。

「こんなところで寝て、どういうつもりですか」
「…観月」

眩しい太陽の光とともに私の目に映ったのは、予想していた人物と同じで、やっぱり、と小さく呟くと何がですかと眉をひそめる。よいしょ、と仰向けにしていた体を観月の方に向けて、一回大きく伸びをする。観月はというと、ちょっとむっとした顔のまま、いつもみたいにで癖っ毛のある髪の毛を指でいじっていた。まだ眠気が残っているせいでぽやぽやとした頭が、ゆっくりと行動を始める。そう、今は放課後で、寝て起きてみたら目の前に観月がいて…。
ん?放課後?

「…観月は、どうしてここに?後輩の指導に行かなくてもいいの?」
「行く予定だったんですが、が昼から授業に出てないと聞きましてね」
「えーと…もしかして説教しに?」
「それもあります」

だんだんと目が覚めてきた。観月の説教は少し苦手。嫌だなぁと思っても、授業に出てないのは本当だから仕方がない。昼ご飯を食べてから、私は5、6限の時間をここで過ごした。中庭を通ったりする人に気づかれない、この最高の場所で。多分、私が授業に出てないことは赤澤君が言ったんだろうな、同じクラスだし。


「ん?」
「とりあえず、起きなさい」
「えー…。じゃあ、ハイ」
「…なんですかその手は」
「観月が起こして」

私が観月に向けて差し出した両手。それらを見てから観月はため息をつく。やっぱり駄目かなぁ、説教しに来たんだしね。芝生の上に寝転がるのは気持ちよくて、正直起きたくない。もう少し寝ていたいのが本望だけど、そういうわけにもいかなさそうだ。
諦めて、手を引こうとしたその瞬間。

「あ、」
「仕方ありませんね、ほら」

手を掴んでくれた。温かい観月の手に包まれて、その温かさが熱となって体中を巡るような、そんな感覚がした。それに、観月が簡単に私を起き上らせるから思わずキュンとしてしまった。だって、ふわっとした感じで私の手を引き寄せるようなその仕草は、観月の男らしさ、みたいなところを認識してしまう。
お礼を言おうとして、ふと考える。観月は私を説教するために来たのに、なんだか優しすぎるような気がする。説教するならもうとっくにしてるはずだ。いつだか、テニス部でお昼ご飯を食べようとした時、昼食の栄養が偏ってることに対して観月が怒って、そのまま食べれずに昼休みが終わったことがあるくらいだ。私が寝転がっていることだなんて気にせずに説教なんて始めそうなのに。…あ、でも寝転がったままってなんか行儀悪いな。だから起こさせたのかな。というかなんだか、あんまり怒ってる感じが観月からしない。
そうやって一通り考えると、さっきまで顔に集まってきそうだった熱は瞬く間に逃げて行った。小首をかしげて、観月を見ると、その顔にはやっぱり怒ってる様子がない。なんでなのか考えても正解にはたどり着けなさそうだから、本人に直接聞いてみることにした。直球勝負だ。

「観月、怒ってたんじゃないの?」
「はい?」
「だって、説教しに来たんでしょ?」

私の質問に、観月はまたため息をついた。

「…人の話聞いてました?」
「え?」
「それもありますって、僕言いましたよね」
「んー…?」

も、ってことは、他の用事があるということだけど、でもそれって、なんだ? 私に用事なんて、それに関しては全く予想がつかない。思い当たる節がない。頭をかしげていると、三回目のため息。三回ともなるとちょっと悲しいよ。

「心配だったんですよ。は授業をサボるだなんてほとんどしないでしょう?」
「…え、あ、うん」
「まぁ、この様子ならただの気分と捉えてよさそうですけどね」

続けて、心配して損しましたって全然怒るようにじゃなくて、優しく、安心したような、そんな声色で彼は言うから、顔の熱は再び戻ってくる。観月が私の心配をしてくれたんだって思うと、途端に嬉しさが胸に迫ってくる。その感情はそのまま私の顔に出てたらしくて、観月は私の顔を見て、なんて顔してるんですかってちょっとした呆れ顔。ねぇ、観月。私がどんな顔をしてるかはわからないけど、そんなこと言ってる観月だって、ほんの少しだけかもしれないけど、口元が綻んでいるんだよ。
そんな、キュンてするような仕草や表情をして私を心配してくれる観月に私は大きな声で言ってやりたいんだ。


だいすき!


でも、あとから、授業はサボるなってしっかりと怒られました。