、俺様と付き合え」

しばらく我を忘れた後、そんな告白をされて、YESと答える人がどこにいるんだろうってぼんやりと思った。真剣に悩んだけど、氷帝の女子生徒なら大半がYESを答えるんだろうな、という虚しい結果が私の頭の中で出てきた。ほんと、ため息しか出ない。告白スポットでもなんでもないこの廊下で告白が出来るほど、自分に自信があるのか、それともそんな告白スポットになんて頼らない性質なのか。…どちらでもいけそうだ。

「おい、聞いてるのか?」

聞いてますとも聞いてますとも。ゆっくりと頷くと、彼は「それなら早く返事をよこしやがれ」とでもいうような顔。自信満々の彼には私がどう映ってるのかは分からないけど、対称的に彼の瞳越しに見る私はなんとなくめんどくさそうに見えた。私の顔は正直だな、だなんて思った後に、でもそれって彼に失礼だよねって少し焦った。それから、私はゆっくりと口を開いて、

「お断りします」

とキッパリ断った。

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「えぇーっ!?なんでなんで!?」
「ちょっ…声大きい…」
「大きくもなるよ!なんで告白断るの!ねぇ!」
「ちょっとひとまず落ち着いてって」

翌日、学校に行くと友達の茜に連行された。向かった先は選択教室で、つまり今は誰もいない。無理やり椅子に座らされて、何故か昨日私が彼から告白されたことを知っていて、何で断ったのかをすごい迫られた。というか迫られている最中だ。正直その形相は怖い。

「言っとくけど、あの跡部だよ?頭脳明晰、運動神経抜群!まさに出来る男じゃん!」
「あー…確かにそうだけど…」

わが氷帝の生徒会長であり、テニス部の部長でもあられる跡部景吾から告白されたのは正直、自分でも驚いた。驚きすぎて倒れるかと思った。昨日急に呼びとめられたかと思ったら、俺様と付き合え発言。あの時はなんとか倒れずに、けれど固まった。何かの冗談かと思ったけど、いやいやでもあの跡部さんがそんなばかげたことするはずがないと即行却下。すると急に私の頭は冷えてきた。

「だって、あの状況で告白は無いでしょ…。ムードも何もない」
「え、もしかして、ムードがないから断ったの?」
「それもある」
「…馬鹿だ」

いやだってムードは大事でしょ!そんな主張は茜に一蹴された。相手が跡部さんならムードがなくてもYESと言うらしい。…この氷帝生め。私も氷帝生だけど。でも、私としてはムードがなかったからという理由だけじゃない。私は跡部さんと一回も話したこともないし、目線があったことがあるわけでもない、クラスが同じになったわけでもない。つまり、何一つ接点がない。あるとしても、同じ氷帝生というだけの、うっすいものだけ。それなのに、「好き」っていわれても、私の何を好きなのかがわからない。心底わからない。それに、

「仮に付き合ったとしても、絶対続かないよ」
「なんで?」
「まず価値観が違いすぎる」

お金持ちとそうでない私。私はこの氷帝の中で一番お金持ちじゃないと言えると思う。自信がある。なぜなら、私は特待生としてこの氷帝に入学している。お金じゃなくて頭で入ったのだ。だから特待生として授業料とかいろいろ半額、もしくはそれ以下になってたりする。
それに、つい最近私と周りのみんなの価値観の違いについて知った。この前の競馬の授業で私はぜんっぜん馬に乗れなかったけど、ほぼみんな乗れてたし、馬に慣れてた。曰く「小さいころに何度か乗ったことがある」らしい。クラスメイトは、ほとんど全員お金持ちだということを再確認した授業だった。それ以来特にクラスメイトとでもやや価値観がズレていると実感するのに、跡部財閥の御曹司となれば、ずれるというよりももはや合わないのほうが正しいと思う。

「いやぁ、だからって跡部を振るって言うのは…ねぇ?」
「ねぇって言われても…」
「だって、言ってたじゃん、『跡部さんってかっこいいね』って」
「そりゃ言ってたけど」

かっこいいって言っても、それが付き合いたいということと同義とは限らないよ。と、そう言おうとした、その目の前、茜の後ろから見える廊下に。
話題の中心人物、跡部景吾が、いた。

「あぁん?お前ら、面白そうな話してるじゃねぇか」
「あっ、跡部さん…!」
「げっ」

廊下からこちらを見ていた跡部さんが教室に入ってこようとするのを見て、私はとっさに立ちあがる。今、跡部さんと面と向かって話したくないし、話せない。一応、私は彼を振った立場なんだから、なんだかいたたまれない。だから、跡部さんが入ってこようとする反対側のドアから逃げるつもりだった。けど、それを阻止したのは、他でもない茜で。

「ちょっと、逃げるつもり?」
「いやいや、私今あの人と話せない無理無理無理」
「そんなこと言ったって、あの跡部さんだよ?きっかけがないと絶対諦めないって」
「うっ…確かにそうっぽいけど…」
「嫌なことは早めに済ませたほうが楽だって。ね?」

そう話している間に跡部さんはすぐ目の前に来て、それを見計らった茜は一言「頑張って」なんていって入れ替わるようにして教室から出て行った。いやいや私まだ覚悟できてないんですけど!置いていかないで! もちろんそんな私の心の叫びなんて彼女に聞こえるはずがなく(ていうかすでに教室から出ていっちゃってたし)、教室には重たい沈黙しかない。どうしよう超きまずい。

「…」
「…」
「…おい」
「っ、はい、なんでしょう跡部さん」

沈黙を破ったのは跡部さんだった。じりじりと近づいてくる彼に、私もじりじりと後退する。

「さっきの話、聞かせてもらったぜ」

いつの間にか私は壁際に追いやられてしまっていた。もう下がれない。けれど跡部さんは近づいてくる。両手を私の頭を挟むように置かれて、逃げ場がない。ていうか、顔!近いんですけど!

「ちょっ、と跡部さん近いですどいて下さい」
「ムードと価値観の違い、だろ?」

無視。私の主張は無視された。それどころか跡部さんの顔が私の横にあって…耳に声が直接響いてくる。やばい、なんかやばいぞこれ。跡部さんを押し返そうとしても、全くびくともしない。それどころか押し返していた手を掴まれた。

「好きだ、

耳元で囁かれて、思わずときめいてしまった。とか普通に名前で呼ばれたこととか、近いから離れてほしいこととか、言いたいことはあるけれど、何も言えない。女の性である。きっと顔が赤くなっていると思うけれど、跡部さんからは私の顔は見えない。けれど、すぐに見られることになった。

「さっきの会話からして、俺は恋愛対象外ではないんだな?」
「はい…?」
「楽しみにしとけよ、

すぐ近くで見た跡部さんの顔はとてつもなく整っていて、かっこよかった。熱の集まった顔は冷めることを知らないのか、ますます熱くなったような気がする。そんな私の様子を確認して、跡部さんが笑った。ただ笑ったのではなくて、艶やかを帯びて。もちろんそれは笑みだけではなく、

「俺様に、惚れさせてやるよ」

価値観なんて関係なしでな、と続いた声にも艶やかさが添えられて。この男に一言、ナルシストと罵声を浴びせたい。浴びせたいのだけれど。




――どうしよう、これは、時間の問題かもしれない。