それは、学校からの帰り道。快晴だった天気から一転して、急に雨が降り始めた。ざぁぁぁ、と雨が地面に叩きつけられる音が響く。午前中のあの天気のよさは嘘だったのだろうかと疑うほど、それほど、降っている雨は激しかった。でも、私は通り雨だと思い、しばらく雨の中を平然と歩いていた。が、雨はやむ気配はなく、むしろ激しくなる一方。これはやばい、と悟って私は駆け足で近くの家の屋根に避難した。
空を見上げても、灰色をした雲ばっかり。

「あーあ、雨、止まないかなぁ」

そんな私の呟きは、雨の音にかき消されてしまう。さっきから制服が服に張り付いて気持ち悪い。いまさらになって、あの時すぐに雨宿りしとけばよかったと、そんな後悔の念に駆られた。ほんと、いまさらだけど。
そんなことを思っていても、何も変わらず、雨は降ったまま。降り止むまで待とうと思っていたけど、ほんとうに降り止んでくれるのか、だんだん不安になってきた。…いつまでも、ここにいるわけにはいかないしなぁ、どうしよう。
すると、空が半分隠れた。え?と、思わず声に出していたらしい。上のほうから、それはこっちの台詞だ、と聞いたことのある声が返ってきた。
柳くんだった。

「え、えっと…なんでここに?」
「それは俺が聞きたいんだが。ここが誰の家か、わかって聞いてるのか?」
「…!」

そんな柳くんの言葉に、ばっと勢いよく後ろを振り返る。最初は気にもしなかったが、そこにあるのは大きな、まさしく日本!といった感じの立派な家。そして、表札には、“柳”。驚きすぎて、しばらく声が出なかった。そして、ようやく出てきたのは、「…ここ、柳くんの家なんだ…」 聞こえたのかどうかわからない、小さい声だった。

「え、えっと…。雨宿りさせてもらってます」
「あぁ。別に構わない」

そこで、会話は途切れた。どどどどうしようすごい気まずい!私と柳くんは同じクラスだけど、あまり接点はない。会話もまぁ、そこそこ、といった感じ。必要があれば話すけど、自ら話しに行こうとはしない。だって、特別仲がいいわけではないし、共有の話題もないから。だから、必然的に沈黙が漂ってしまう。何話せばいいんだろう、とやっぱり考えてしまう。
でも、今はそんな話題を探す必要性はない。彼は見た感じ部活帰りなわけで、きっと一刻も早く家に帰ってシャワー浴びたりいろいろしたいはずだ(少なくとも私だったらそうだ)。だから、私なんかと話してたりしたら、したいことが出来ないじゃないか!
そんな考えにたどり着き、よいしょ、と古臭い掛け声を内心で呟きながら立ち上がる。

「それじゃ、私は家に帰るね。言い方おかしいけど、屋根ありがと」
「…帰るのか?この雨の中」
「うん、いつまでもここにいるわけにはいかないし…」

ちらりと柳くん越しに外を見てみると、雨は相変わらずいい勢いで降っていた。せめて今だけは、勢いだけでも弱くなっていて欲しかったなぁ…。なんだか格好が悪い気がする。

「ちなみに、の家までどれほどかかる?」
「え?いや、走ってれば、すぐ着くって」
「時間は?」
「…確か、走って、10分から15分くらい、かな…?」
「…」

そんな私の答えに顔を険しくさせて、何かを考え始めた柳くん。いやほんと大丈夫だからそれじゃ柳くんまた明日!なんて言って、走って帰ろうとしたら、がしっと腕を掴まれた。痛くないけど、けっこう驚いた。柳くんは私の腕を掴んだまま柳家のドアを開ける。え?え?と混乱気味の私に、一言。

「せめて、シャワーでも浴びてから帰れ」
「え、嬉しいけど、でも悪いって!柳くん部活帰りでしょ?
柳くんこそ、はやくシャワー浴びたりしたいんじゃ…」
「言っておくが、この状態だと雨はしばらく止まないぞ」
「え」
「そしてがこのまま帰ったら確実に風邪をひく」
「…いや、でも」
「俺は柳生じゃないが、女性を濡れたまま雨の中帰らして平気な人間じゃない」
「…お、おじゃまします」

柳くんの言うことは真実味がありすぎる。明日は悲しくも、大切なテストとか授業が満載の日だ。休んだら大変だ。それに、柳くんにここまで言われて、断るわけにもいかない。ご好意に甘えて、お邪魔させてもらことにした。…ちょっとした、罪悪感は拭えないけど。
家の中は、外見とぴったしだった。まさしく、純和式、日本の家。絶対に畳の部屋があるな。
すると、ぽん、とタオルを渡された。先に入ってこい、ということだろうか?柳くんを見てみると、こくりと頷く。部活で汗かいてるし、雨で柳くんも濡れてるよ?といった私には

「シャワーは軽く学校で浴びてきた。それに、確かに雨で濡れたが、以上ではない」

とのことだった。お礼を言って、風呂場を借りた。
気付かないうちに、すごい体温を奪われていたらしい。シャワーはとても気持ちよく、体の芯から暖まれた。そして、風呂場から上がると、そこには見慣れない服が置いてあった。広げてみると、それは女物の服、とズボン。…これを着ろ、ということだろうか…。しばらく考えた後、びしょぬれの制服ではなく、こちらを着させてもらうことにした。ちなみに、服のサイズはちょうどよかった。
それから、柳くんのいる部屋に行って(ちょっと迷った)服について尋ねてみた。

「あの、柳くん。この服って…」
「あぁ、それは姉のだ。」
「え!柳くんのお姉さんの!?私、着ちゃってもいいの?」
「今はあまり着てないはずだ。それに、事情を話せば大丈夫だろう」
「な、なんか、ほんとにごめんね…」

私、迷惑かけすぎじゃないか。家に上がった時点でそうだけど、なんか気を使わせすぎている気がする…。私の思っていることが通じたのか、柳くんはふっと笑うと、ぽんぽん、と私の頭をなでた。優しい手つきにびっくりして彼を見上げると、

「気にするな、俺がしたくてしていることだ」

と言って、玄関まで送ってくれた。…ちょっと、緊張してしまった。外はまだ雨が降っているらしい、ざぁぁあという音が家の中にまで聞こえてきた。「まだ降ってるな」 そう言って、私にびしょ濡れな制服の入ったビニール袋と学校指定の鞄を渡して、傘を貸してくれた。
…どうしよう、なんだか、至りつくせり、なんだけど…。

「えっと、シャワーとかこの服とか他にもあるけど、ほんとうにありがとう」
「あぁ、服と傘は、いつでもいいぞ」
「うん、でも、できるだけ早めに返すね」

なんだか、私が持ったままだと、ほんと、悪いし。
そう続けると、また、柳くんは私の頭をぽんぽんとなでる。やっぱりそれは優しい手つきで、少しどきどきしてしまう。仕方ないよね、柳くん、すごいかっこいいし…。好きな女の子にしたら、きっとイチコロだろうなぁ。
考えが顔に出ていたらしい、柳くんがどうした?と聞いてきた。嘘をついても柳くんにはばれそうだから正直に話してみた。

「いや、柳くんかっこいいからさ、女の子はこういうことされたら、イチコロなんだろうなぁって」
「…」
「私ももし男子に生まれ変わるなら、柳くんみたいにかっこよくなりたい」
「…」
「…や、柳くん?」

柳くんが何にも言わないのに不安になって、名前を呼ぶ。が、なんだか複雑そうな顔をしていた。
もしかして、気を悪くしてしまったのだろうか…。

「…
「な、何?」
「俺はなんとも思っていない女子にこんなことはしないが」
「…?」
「意識してほしいから、こういうことをするんじゃないのか?」
「え、え?」

なんか脳が飽和状態になってきた。そんな混乱状態のままの私に、それじゃ、また明日。と声をかけてくる柳くん。私が思わず反射的に返事をすると、また柳くんは笑う。その勢いのまま、外に出てしまった。
貸してもらった傘をさして、雨の中歩く。雨の音に混じって、柳くんの声が脳内を駆け巡る。

『気にするな、俺がしたくてしていることだ』
『俺はなんとも思っていない女子にこんなことはしないが』


『意識してほしいから、こういうことをするんじゃないのか?』


柳くんの家では意識もしなかった、柳くんの笑顔が浮かびあがる。頭をなでてくれた手の感触がよみがえる。優しい声が、私の耳に、脳内に、ゆっくりと染みわたってくる。もう、雨の音なんて聞こえない。やばい、これはやばいぞ…。

明日から、どんな顔をして、柳くんと接すればいいのか。この服と傘、返さなくちゃいけないし…。
それに、柳くんのことを考えるだけで、顔に熱が集まってくる。
顔に集まった熱をどうしようもできないまま、私は音のない雨の中を歩いた。


に落ちた瞬間

(20100604)
HAPPY BIRTHDAY RENZI YANAGI!!