さん、柳生くんが呼んでるよ」

ざわざわとした教室内で、私には次の授業の予習をしていた。…とはいっても、単に前から当てられていた問題を解いているだけ。ため息をつきながら、さっぱりわからない数学の式と睨めっこしてた時、お呼びがかかった。

「廊下で待ってるって」
「わかった、ありがとう」

知らせてくれたクラスメイトに返事をしながら、“ん?なんで柳生くんが私を?”と内心首をかしげる。
だって、私は柳生くんに呼び出される程、彼と仲良くない。クラスが同じになったことはなくて、委員会が一度だけ同じだった。けど、柳生くんと話したのなんて数回だ。しかも、内容は委員会のことしか話した記憶がない。呼び出される理由が浮かばない…。
席を立って、数学の問題から一旦離れる。それだけなのに、なんだか心が軽くなった気がする。…単純だな、私の心。
廊下で待っている、と言われたので、廊下に出てみる。すると、そこには、本当に柳生くんがいた。

…いや、正しく言うなら、柳生くんに化けた仁王くん、が。

私は思わずぎょっとした。言い方は悪いけど、気持ち悪いほど似ていたから。仁王くんとは2年生の時にクラスが同じだったけれど、こんな彼は見たことがない。眼鏡をかけて、髪の色もいつもの銀じゃない。仁王くんのこの格好は、何かの前触れ…?と、失礼ながら思ってしまう。これなら、さっきのクラスメイトもこの人物が仁王くんだなんて、きっとわからないだろう。…いや、絶対にわからない。

「なんで、仁王くんが柳生くんの格好してるわけ…?」

呼び出されたことも忘れて、呟きに似た疑問を口に出す。すると、仁王くんは一瞬びっくりしたような顔になって(すぐに戻ったけど)、にこやかに返事をしてくれた。

「…ちょっと、場所を変えましょう、さん」

ぞわわっとした。あの仁王くんが、私を、さんって…!いっつもっていうのに。それに、敬語まで使ってるよ…!柳生くんも敬語を喋っていたけど、仁王くんが喋っているとなると、話は違う。ほんと、違和感しか感じない。違和感以外、感じれない!そう思うとやっぱり、ぞわわっと鳥肌が立つ。
本当に、柳生くんになりきっているなぁ、と片手で数えるくらいしか話していない柳生くんとの会話を思い出してしまう。
仁王くんについて行くと、そこには人気の少ない教室。使われる機会がほとんどないのか、あんまり耳に良くないような音を立てて、扉が開く。
中に入った私たちは一旦それぞれ椅子に座った。話し始めたのは、仁王君だった。

「…、なんでわかったん?」

仁王くん(外見は柳生くん)が、敬語を使わないで喋った。声は思いっきり仁王くんなんだけど、視覚的にはいろいろと新鮮だった。

「…雰囲気?」
「ほう、雰囲気のぅ」

それだけは真似できんの、と言って机に伏せる。仁王くんってわかってるんだけど、やっぱり新鮮。
不思議な気分だった。

「ねぇ、なんで柳生くんの格好してるの?」
「似とるじゃろ?」
「確かに」

それから柳生くんに化けている、その説明をしてくれた。
簡単に言うと、なんでも、テニスのダブルスするときに、柳生くんと入れ替わってやる、ということにチャレンジしているらしい。それで、学校生活でお試しに入れ替わってやってみよう、と。

「先生、気付かないわけ?」
「全く」
「クラスメイトも?」
「まぁの」
「…変なの」
「気付くがおかしいんじゃ」

もしかして、テニス部のみんなにも気付かれなかったの?と聞こうとしたけど、いくらなんでもわかるか、と思って口を閉じた。仁王くんは眠いのか、ふわぁと欠伸をしている。だるそうな柳生くんの顔は、いろいろと希少価値が高いんじゃないかと、じっと仁王くんを見つめる。惚れ直したか?という仁王くんの問いかけには何も答えなかった。
ふと、ここに来た意味を思い出す。

「そういえばさ、なんで私呼んだの?」
「あー…。わかるかなって」
「…何が?」
「俺が柳生に化けとること」

そういって、再び欠伸。ふと思ったんだけど、柳生くんの顔でそんなことしていいのかな…。

「そりゃ、わかるでしょ。だって仁王くんじゃん」
「…」
「それよりさ、柳生くんの格好でそんなことしていいの?」
「そんなこと?」
「欠伸したり、机に突っ伏したり?」

あー、と変な声をだしてから、いいんじゃ、と言われた。
なんで?と目で訴えてみると、だるそうに顔をあげて、あいつも、好きにやっとるじゃろ、という返事。

「なにそれ」
「…柳生するの疲れた」

の前なら、何しても意味ないしの。
第一ボタンをはずして、眼鏡をとる仁王くん。柳生くんが、だんだん仁王くんになっていく。
それから仁王くんは楽な体制になって、休憩が終わるまで一緒に教室にいた。



ピエロは自ら仮面を捨てた


「あ、チャイム鳴った」
「さぼらんか?」
「駄目だよ仁王くん。ほら、柳生くんに切り替えないと」
「…プリ」

(20100706)