私には好きな人がいる。でも、私の好きな人には、私じゃない好きな人がいて、しかもその人と付き合っている。さらに、その時の恋のキューピットは、私。私と彼が付き合える、だなんて可能性は全くないと思っていたから、彼の笑顔が見れればいい、それだけの理由で、恋のキューピットという立場に、自ら立った。
そして今、私はそれをひどく後悔している。
屋上から見える、私の上にある空には、灰色の雲がかかっている。そして、私の目の前には、私の好きな人。彼の顔には笑顔ではなく、悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔。いままで、見たことなかった。

「…何が足りんかったん」

ぽつりと仁王が呟く。私は、何も言えない。
別れを告げたのは、仁王の彼女だった。理由は、ほかに好きな人ができたから。単純な理由で、それ故に、ダメージは大きい。

「…」

仁王は彼女に一途だった。私に相談する時の仁王は、心から彼女のことを想っていた。彼女のことがどれほど好きだったかなんて、彼女より私のほうがわかってる。胸を張ってそう言える。でも、そんな仁王に対し何も言うことのできない私は、最低だ。私が、二人をくっつけたのに。そう言っても過言でないのに、私は彼に、何も言うことができない。それは、心のどこかで、二人が別れて嬉しがっている自分がいるから。
私は、本当に最低だ。

空を覆い尽くす灰色の雲は、そのまま、雨も降らさずに漂っていた。

*****

その日の翌日から、仁王はいつも通りに戻っていた。昨日の弱々しい彼は、どこにもいなかった。仁王が彼女と別れたことは、まだ広がっていないらしい。仁王は、丸井君と話しながら教室に入ってきて、いつも通り、私にも挨拶をしていった。

「おはようさん、
「…おはよう、仁王」

昨日のことはなかったようなやり取り。そのあと、いつものように丸井君を含めた三人で、担任の先生がくるまで談笑をしていた。いつも通りに授業を受け、友達と昼食をとり、睡魔と戦いながら午後の授業を受け、部活に行く。いつも通りの、ローテーション。
でも、私はやっぱり、いつも通りにはできなかったらしい。
部活後、部室をでると、そこには仁王がいた。

、今日どうしたん?なんか元気がないぜよ」
「…そうかな」

自分でも理由は分かっていた。仁王に対する罪悪感。それが、どうしても私を、いつもの私にしてくれなかった。仁王を見ると、どうしても自分を責めてしまう。それに仁王は昨日とても悲しかったのに、その面影を全く表に出していない。それなのに、私は――。
この、悪い方向にしか考えられない私の思考。ほんと、嫌になる。
俯きそうな顔を上げ、無理やり笑顔を作る。じゃないと、本当をつきつめられそうだった。それは、こわい。

「あ、もしかしたら、疲れてるのかも。今日は早く寝るよ」
「…あぁ、そうしんしゃい」
「うん。それじゃ、また明日」

そういって、逃げるように部室から、仁王から離れる。仁王は納得してなかったような気もするが、気にしない。早く、早く、と自分をせかして、最後のほうは思いっきり走っていた。部活後で疲れているというのも相乗して、息が早くも荒くなる。
仁王は、優しい。だから、ああやって私の心配をしてくれる。そしてわたしは、その仁王の優しさにいつまでも甘えてしまう。その結果が、仁王の失恋。彼女に誤解をされたのだ。実は私と仁王が付き合ってるんじゃないかって。私は、彼女にそう言われて否定したけど、彼女は認めなかった。「だって、あなたたちいっつも一緒にいるじゃない」否定が、できなかった。
――なんで仁王から逃げるの、私。そんなんじゃ、いつまでたっても、この罪悪感はぬぐえないし、消えないのに。
だいぶ走って、校門の前に来た。はぁ、はぁ、と息を落ち着かせるために一旦足を止める。せっかく部活の後に拭いた汗が、再び出てくる。そして、好きな彼のことを思ってしまう。でも、仁王といると、駄目だ。涙が出てきそうになる。私が泣いちゃ、いけないのに。
息を整えるため俯けていた顔を上げる。すると、そこには、見たくない光景があった。あの仁王を振った、彼女がいた。彼女の隣には、男の人。仲良くしているから、すぐに「あぁ、新しい彼氏なんだな」とわかってしまう。そしてすぐに仁王に思考が働く。もし仁王が私の言ったことに納得してなくて、ついてきてたら。ちょっと自意識過剰かもしれないけど、でも仁王にこんな光景見せたくなかった。見てほしくなかった。でも、遅かった。方向転換した先にいたのは、仁王で。その目線の先は、私を通り抜けてあの二人。ほぼ反射に近い。

「仁王!」

叫んで仁王のもとに走って行った。途中後ろから何か話し声がした。「あれ、お前の元カレじゃね?あと、浮気相手、だっけ?」「あー…。そうかも。ねぇ、早く行こうよ」「あぁ」…そんな会話、聞きたくなかった。
仁王のそばに行って、何を言うのかわかんないけど、すぐに仁王の名前を呼んだ。仁王の目線はもう2人から外れていて安心した。すると自然に彼は私を見ることになって。思わず視線を自分からそらしてしまう。しばらくしてから、ゆっくりと口を開いた。仁王が先だった。

「なんで、お前さんのほうが泣きそうな顔しとるん」
「…ごめん」

仁王の言葉になんて返せばいいかわかんなかったけど、ぽつりと、無意識で零れた。目に涙がたまりそうになるから、仁王と私の靴を見た。私の扱いに困ったのか、それとも私の様子に気づいているからか、どっちかわからないけど、ぽんと私の頭に手を置いた。その手つきが、想像以上に優しくて、彼女さんにもこんなことしてたのかなとか、でも2人が別れてる原因は私なんだとか、いろんなことがごちゃごちゃになって、涙が出てきた。

「…ごめん」

勝手に泣いてごめん。
二人を別れさせてごめん。
仁王を好きで、ごめん。



いろんな意味を含んでいた一言だったけど、それが仁王に伝わったかどうかなんて、わからなかった。
けど、ただひたすら、悲しかった。